p-line-beauty column


さよならと

 

 

3/25

出会いと別れのこの季節。新たな出会いに心弾ませワクワクすることはできても、別れはいつの時でも寂しさがあるものです。去る者追わずと美しくそして懐深く去りゆくものを送り出す人に生き方の深みを感じました。それは、別れが来るまで共に過ごす時間を大切にし、意味あるものにしているからこそできる技なのかもしれません。この時を大切に精一杯生きられているのかということは、別れが教えてくれるように、ふとしたきっかけが振り返りと気づきを与えてくれるのかもしれません。突然来る別れの時に、心豊かに送り出せるのかそれとも後悔の念が降り積もるのか。それは結果です。最後のさようならを心で笑って言えたならそれはきっと良い時間を過ごしたということ。すべての今が、いつか来るさよならにつながっているのです。その時をどう迎えられるのか、それは今。



舵を切る、強い風、春

 

 

3/21

頭ではわかっていても体現できるということはひたすらに難しいことです。しかし、それは春の訪れのように緩やかだけれども突然にその時がくる、体現できるはずだと素直に思え、そしていつしか体現できていると気づくものかも。魔法が使える物語の主人公でも映画の中のサクセスストーリーのヒーローでもない私たちにできることはただひたすらに自分がなりたいと願うものへ向けて人生の舵を切り続けることしかできません。なかなか進めなかったり思うようにいかなかったりした時は、その手を放したくなるものです。しかし、なりたいと願うものへ舵を切り続けたことで短くたって進んできた道があったはずです。それがいくらか積み重なったときに、進んできた道ができていて、体現できている自分に喜びを感じることができるでしょうからどんなに嵐でも、行く先が霧で見えなくとも舵をしっかりと握って放してはいけないということなのだと思います。順風満帆、花粉を運ぶ春の風は背中も押してくれる強い風!



走り出す

 

 

3/14

陽射しがあたたかく感じるようになった日には、ここからそこまで急に走りだしたりして。頬が風を切る心地良さが好きなのは自分の足で走るときも、足の底にスキー板をくっつけているときも同じです。自分の力だけでは、体感できないスピードを自分自身に感じさせてくれるものはどれだけあるでしょう。それは乗り物やスキーだけの話ではないのです。心も体も頭の中も、春の陽気に誘われてスピードを感じるのには心地良い。自分自身が少し踏ん張れば振り落とされないスピードを常に感じれば、それは筋力アップへの足掛かり。そんなトレーニングを常にできることや感じられることに喜びと感謝を込めてて過ごせるように。あなたのスピードは今どのくらい?



360度のカメラの気分

 

 

3/10

窓の中からあちらを見る景色と、窓の外からこちらを見る景色。一つのつながった空間のようでいて、そこに見える世界の違いは新鮮さと驚きをくれます。一つの空間をいろんな方向から見ることが、本来の姿をとらえることができる唯一の方法。上ばっかり見ていては落とし穴に落ちるかも、下ばっかり見ていては頭を打ってしまうかも、前ばっかりは一人ぼっちに、後ろばっかりは進めない。たまには斜めから見てイメージを磨く。あれやこれやと忙しいけれど、そんなこんなが毎日を刺激的にしてくれて、新しい発想生んでくれたりするのでしょうか。360度カメラがとっても面白く感じるように、自分も毎日の生活も困難も幸せも360度いろんな方向から見てみよう。案外悪いことばかりじゃないし、調子に乗っていたらいいわけでもない。そしたら一歩スマートな自分になれるかも。



ぐるぐると上へ、気配を感じる

 

 

3/6

風、花粉、陽だまり、けだるさ、気配、春の訪れ。季節が巡り、成長を手に入れられたでしょうか。単調な毎日が延々と続いていくことはなくて、それは意図的か意図的ではないかは別の問題としても必ず新しいステージへ上がらなくてはならないときが来るはずです。それは日本の四季が巡るように拒むことができないもので、その分、ふとした時に素敵な景色を見せてくれるものでもあります。焦っても次の季節へスキップすることはでできないのですから、今の季節を満喫していながら、これから迎える季節へ向けて自分自身も少しずつ変化成長させていくことがちょうどよい。それができれば、緩やかにそれでも着実に上昇していくらせん階段を登れるのでしょう。円を描いて同じところをぐるぐる回るのではなく、らせん階段を無視して重力に逆らった空中ジャンプは非現実的で、もちろんらせん階段を下るのはもってのほかで。同じ季節を迎えても、それは一年前の同じ季節とは違う高さの季節でありますように。



大切なわが道を

 

 

2/28

誰かとは違う人生を誰しもが過ごしているのだから、あの人が持っているものを持っていなくても、あの人が持っていないものを持っているかもしれません。どちらが幸せかは自分次第ですが、それを選んできた自分の過去の選択を否定する必要はないと思うのです。その選択を選ばざるを得なかった過去も自分自身が過ごした大切な時間ですから。それよりも選び取って進んでいるわが道の、良いところをたくさん見つけていくほうがとっても有意義なことで、来たる新たな人生の岐路で役に立つように思います。今の自分のライフスタイルの良いところと悪いところを両方たくさん知っておくことが今を着実に大切に積み重ねていくということでしょう。



理由を知りたい!

 

 

2/24

忙しさに浸食されているときの自分を他人から見たとして、それはどんな自分なんでしょうか。充実していて生き生きとしてプラスに回っているのか、それとも反対にイライラしてしまっているのか。その違いは何なんでしょう?それが無駄な忙しさだと思っているか否か。なぜ忙しいのか、なぜ忙しくしているのか、忙しさと引き換えに手にしているものは何なのか?その理由を自分で知っていて、その位置づけが自分の中できっちりあればその忙しさはイライラという言葉で表現されるストレスではなく、やりきる目標ややりきった達成感という言葉で表現されそうです。それは、忙しさをプラスへ加速するための原動力としていくということ。変えられないことを変えるより変えられることから変えてみる。かっこよくはできなくても、自分でいられるということ。



勇者よ

 

 

2/19

未知の領域に足を踏み入れた時、そこには希望と輝きだけがある!!というのは、きっと理想的な話。現実にはきっと、混乱や迷いもたくさんあるはずで、それも含めるからこそ未知の領域に踏み込んでいっているということだということなのでしょう。ただでさえ、日々大なり小なり逆風に見舞われる人生ですから、未知の領域へのスタートは大嵐、史上最大の台風、前代未聞のハリケーンであってしかり。できることなら、そんな時だって大嵐の毎日や混乱しまくっている自分を楽しむことができれば最高!なのですが。いや、楽しむことはできなくても「なかなかの、大嵐だね~」と受け止められれば120点。毎日が平坦なんて面白いのでしょうか、未知の領域があるからこそいいんです。だって、われわれは毎日、少なくとも未知の時間、未知の日付、未知の年齢、未知の未来に突き進んでいるんですからね。未知の世界があるって素晴らしいではないですか。何?大嵐なんて戦えない?!心配ご無用、大丈夫!生まれた瞬間からこの世界で未知の領域への経験を何十年も積んでいる私たちは立派な勇者、チャレンジャー。



感情の渦と判断と

 

 

2/15

ルールが守れないときの自分は、とっても素晴らしい言い訳の天才で、今回はこういう事情だからとか今回は仕方ないよねとか。それが心にとどまっている分にはまだ良いですが、いったんそれを口に出してみるとただの言い訳っていうことがひしひしと自分にはわかるわけです。自分なりのルールを決めていてもついそれを守れないときの自分自身は、感情で動いてしまいがちな時が多いようで、その分言い訳もありきたりなただの自己弁護。ルールが習慣化できるまで、いや習慣化した後もかもしれないけれども、冷静に考えて判断できる状態に持っていくってことがルールを守れる絶対前提条件かもしれません。ルールを作らなければルールを守らなくてもいいわけですが(もちろん守るつもりのないルールも)、ルールはそもそも自分を高めたり、良い習慣を身につけたりするためのルールってことでしょうから、ルールを放棄するってことはその先の目指すは世捨て人でしょうか。ルールを味方につけて自分を自分で「こっちだよ!」と導いていきたいところです。



ストーリーそのもの

 

 

2/10

わざと型にはまってみることと型にはまってしまっていることは、同じように見て全く正反対のこと。通り一遍のことでも自分自身がどうゆうスタンスで、どういったストーリーの中で、そこのその場所にそのような恰好をしてそういう表情でいるのかということをきちんと理解して選び取っているかそうでないのか。今の自分自身がそうである理由とこれから先の自分自身にきちんとした理由をもって生きることが、自分に責任を持っているということではないかということです。他人の人生ではなく自分のものなのですから、なぜ自分がそうなのか、知っておく必要があると思うのです。上手くいくとか上手くいかないとか先読みするとかできないとかではなくて、なぜ今がこれで、これから選び取るストーリーがそれなのか、きちんと説明できますか。



私のハートを!

 

 

2/7

自分の心が動かされたときに、それが何だったとしてもそれを伝えたいと感じられること、そして伝える相手がいること、伝えられることはとても恵まれているかもしれません。おいしいものを食べたとき、美しい風景を見たとき、泣ける映画を見たとき、素敵な話を聞いたとき・・・。同じ気持ちや感じたことを共有できる、少なくとも自分の心が動いたことを伝えることができるのですから。SNSで何度も繰り返し消費されたようなフォトジェニックなモノやスポットや出来事だって私が心動かされたならそれを伝えることができるということが「私とあなた」にとって大切なことなのように思います。言葉で、視覚で、文章で、表情で自分自身が感じたことを伝えることができる、とても幸せなことです。今日は何を伝えようか?