p-line-beauty column


サイコー!と叫びたくなる

 

 

10/16

一段と秋が進んでいます。私たちも一段と進むべき時でしょうか。例えば、優秀であることや正確であることが称賛に値することは紛れもない事実。そんなハイクオリティがあるからこそ我々は新しいものを手に入れ新しい社会と日々向き合えるわけです。人類の進歩、社会の成長。一方で、そんな風に称賛に値される部分だけを自分自身に課していくことはなんとも味気ないような気がします。心の底から思いっきり笑って、声に出して笑う。サイコー!!!と手を突き上げて叫び走り回れるくらいの楽しさを感じること、時にそんなふうになる瞬間が私たちには必要なのです。それはみんなから称賛されるということと同じくらいに大切なことで、これこそ私達の人生の醍醐味。他人や社会に称賛されること以上に生きていることを実感できる瞬間って素晴らしいもの。もっともっと大切にしていいはず。そんな瞬間を追い求めていいはず。実はそれは何万年前から変わらないことでこれからも不変に変わらない大切なことなのかもしれません。自分の感情や感情の最高点でサイコーな自分を味わってみる。そんなふうに時に枠にとらわれないことがきっとあなたの心の底からの楽しさを引き出してくれるはずだし、あなたの魅力の幅に繋がるはずです。



このルート

 

 

10/6

例えば、私の持っている特徴と誰かのものは似ているかもしれないけれど全く別物で、うらやましくもあったり、逆に誇らしく思えたりするかもしれません。そんな風に人と全く違う中でどんな風なやり方で自分自身を進化させるのかも、それぞれに合った方法があるのかもしれません。自分自身がより心地よく自分らしくあることができる方法で毎日自分を研鑽し高めていけるとしたら、それは成長することがただ楽しいと感じられるものでしょう。努力や忍耐とは違った成長の仕方。楽しさわくわくの時間を過ごす中で知らず知らずに成長できる時間を過ごしていけることが、振り返った自分の人生を充実だと思うことができ、宝物だと感じることができ大切にできるように思います。誰かにとっては、努力と忍耐が必要な方法も私にとってはすこぶる楽しいチャレンジでしかないかもしれない。行き着く先がすべて同じだとは言えないけれども、自分にあった方法やルートを選んで見つけて波になりながら進んでいく方が絶対的に限られた時間の中では効率的に決まっている。今の方法論は楽しくわくわくすることですか?どうせススメ!の人生なら楽しくわくわく進みましょう。



訪れと経験値と

 

 

9/25

秋の訪れを感じる季節。日本の季節の訪れは、今のところ何とか?相変わらず?順番に巡ってきてくれます。時間の流れも順番に訪れます。日付が変わり朝が来て昼が来てそして日が落ちていく。そんな、順序が決まった中にいる私たちにとって区別すべきことが一つ。自分自身が描く夢の訪れ方の順番は決まっていないということ、もしくは違う言い方をするならばそれは自分が勝手に思い込んでいる順序とは全く別物だということ。経験してきた過去や知っている内容を駆使して、自分の未来や将来を首尾よく固めて当てていこうなんて、なんて!!おこがましい話。だからこそ、未来と将来が私たちに提示してくる夢の実現は順番はもちろん内容だって予測は大外れで当たり前だということです。では、私たちが順番も予測も大外しなんだったらやる気も何もあったもんじゃないということになりますが、意外と抜け道あります的なことで、私たちが唯一順序良く自分の裁量で進めていけることがあります。それは、経験。ひとつずつ新しいことをつみあげていく、完結させること。それが次のステップにつながるもの。変えられない過去と、予測できない未来。できることは完結させていく現在の経験値。



未来の自分を信じる

 

 

9/16

今の自分が明日の自分をつくっていく、それは時間が生み出してくれる確約。そんな、確約をさらに素敵にすることが我々の使命。それは未来の自分を信じるということ。明日の自分、未来の自分を信じることができるかは、結局今の自分次第なのですが、そのためにできることは、ひとつひとつ丁寧にまじめに積み重ねていくこと、ただ自分自身ほんの少しのさらなる自信をつけるために。明日の自分はもっと良くなっていると根拠を持って信頼できる安心感と希望。社会や政治や誰かを信じる前に未来の自分を一番にはじめに信じることができる絶対的な輝き。今を自由にのびのびと、そして堂々としていられる、そんな素敵なサイクルが延々とつながって積もっていく。素敵な笑顔と、つるりと一皮むけることができる今日を過ごすことができる。今の自分のレベルをそのままに見つめて、そしてスキップなしに確実に成長していく自分を辿ることができる力を持とう、それが未来の自分への信頼の証。もしそんな、道筋がはっきり見えたなら何も恐れることはない。右往左往も人生のスパイス、まずは整えて未来の自分を信頼できるように。



イメージに連れられて

 

 

9/5

イメージが私たちを遥か遠くの地点まで連れていこうとしてくれることがあります。それは、現在の自分たちからしたら思いもよらぬことや新しい道筋かもしれません。そんなイメージを持つことができる自分にびっくりするかもしれません。同時にこの上ないワクワク感が沸き上がる瞬間でもあります。そして、自然とその素敵なワクワクに導かれて遥か遠くの素敵な地点までずんずん進んでいく、まさにこれ。では、果たしてどうすれば、そんな最高な進め方に出会えるのか。どういう風に私たちのイメージと付き合っていくのか。やったことないことについてイメージを湧かすことができないのは、当たり前の話。だから、やるべきことは顔を前に向けて視野広く、そして、何かを体感していくこと。自分の中の平面的な情報とリアルな体感が化学反応を起こしたとき、遥か遠くのそして、必ずたどり着くことができるイメージを持つことができる、そんな感じでしょうか。ともすれば、壮大な綺麗事に聞こえかねない話ですが、紐解けば、やるべきことを一つ一つ冷静にそして、諦めず積み重ねていくと言うことだけの話です。さて、イメージが私たちをどこまで輝かしい場所まで連れて行ってくれるか楽しみですね、ワクワクのこの瞬間。



外の世界にも

 

 

8/20

柔軟性の大切さは、体もちろん心も頭の中も柔軟性が大切。やわらかいことはどんな形にもなれるし、どんな衝撃にも対応できる。そんな感じで、自分自身に柔軟性を備えたいものです。例えば、自分はあらゆる面で柔軟性のある人物だと思っていても自分の思い枠思い込みの外に柔軟性を発揮するのは至難の業かもしれません。とするならば、それは、柔軟性のある人物だとはとても言えない可能性が高いということでもあります。ただ、一番のポイントは、自分の枠の外で柔軟性を発揮できない自分の技量を確認すること。何事も正しい認識の基礎の上に新たな何かを生み出すことができるのですから。柔軟でない自分を卑下する必要も擁護する必要もない、できていないことの事実と出来ることの事実から始める。どのようにして柔軟な自分の枠を押し広げて大きな人物とやらになっていくのか。時間も生活も私たちには限りがあるものですから、手の届く範囲は本当にわずか。それでも、少しでもその手の届く範囲を広げることができたのならそれが、自分の可能性を信じ、自信を与えてくれる道しるべとなって支えてくれるのかも。



忘れた自分、輝きの時間

 

 

8/11

楽しみの見つけ方は、誰も教えてくれません。楽しいの感じ方は、誰も教えてくれません。いったん、楽しいから離れてしまうと楽しみの見つけ方とか楽しいの感じ方を忘れてしまうものです。まずは、感覚や感情なんかを認識できる自分を取り戻すことが必要かもしれません。毎日を楽しいわくわくに埋め尽くすには、自分が何をどう感じているかをまずはつかむことが先決。小さい頃には、いとも簡単に、素直に感じ行動し、そして、自分自身を成長させてきたというサイクルを私たちはほんの少し意図的に引き寄せないといけないのかもしれません。もし、一日の大半が笑顔や楽しさやわくわくといった素敵なもので埋め尽くしたいならのお話です。何を楽しい喜びと感じることができるかは、それぞれ自分自身でしかわからないことです。答えはそこにはありません。夏の開放感に乗せて、何となくで終わらせていた自分自身の感じるという大切なことに目を向けてみるのもよい。小さな小さな取っ掛かりから大きな最大の楽しい時間へ広げていきましょう!感覚は輝き。



夏男と夏子

 

 

8/3

まさに、猛暑。熱すぎるくらい暑い毎日。頭の回転率も体のキレも暑さに蝕まれてしまいがちです。自分で力の及ばないことにどう対処していくかという最大の試練のようです。勝ち目のない戦いを挑むでもなく、降参するでもない。ただ一つ言えるポイントは、笑顔ってもんでしょうか。汗がだくだくで、ヘロヘロで暑さに毎日攻撃されている我々日本国民は、ついつい余裕を持てない、、、街ゆく中で遭遇しまくりです苦笑。それでも、私たち、姿勢で一歩リードなんですから、暑さにぐでっとなってイラっとなってっていう自分をぐっと乗り越えて、素敵なキラキラ笑顔で平常心を保ちつつアクティブな夏に変えられるはず。そうなれば、スキーヤーなのにも関わらず夏男と夏女に大抜擢です。ぐでっとイラっとのフォーカスを緩めて、キラキラ笑顔にフォーカスしたならば、意外と逆に頭の回転率も体のキレも、最大効率的にターボがかかるかもしれません。ピンチをチャンスにうまく変えること、良い夏です。



本物ということ

 

 

7/25

今現在進行形のこの時が、自分のなかで最高な瞬間瞬間だと胸を張って説明できるでしょうか。他人と比較することや社会の位置付けを理由として、今この時が最高な瞬間だと主張することはできないはずです。ですから、もし、今この時々が最高な瞬間の連続だときちんと理由付けをもって説明できるならば、それはすなわち本物だと言うことです。それは、すごいことなのです。自分のなかにある本物を根拠にできるならどんな場所にいっても、どんな時にでも変わらぬ同じ主張ができる、そんな強い人であれるということです。それは、優しさであり面白さであり美しさでもある。既成概念というフィルターはいつまでもどこまでも追いかけてきて、私たちを真実から覆い隠そうとしますが、それを適切に脱ぎ去れば本物の自分がどこにいてどんな風であって、そんな自分の最高の瞬間についても正確に理解できていくのではないでしょうか。心と体と思考が私達自身、最高の瞬間を受け取り、つくり、感じるのも私達自身。あなたの今を最高の瞬間だと説明できますか。



点を掴む

 

 

7/15 

お手軽な表面的な良さを求めた先にあるのは疲弊。かたくなさを譲らない先にあるのは苛立ち。いずれも私たちにとって避けたいものです。では、どこに支えとなる足を置けば良いのでしょうか。割合を調節しながらバランスをとるのは非常に難しいことのように思います。ならば、自分達の求めるものの本質を見定めることが必要なよう。バランスを考えるより、本質の自分の感覚を研ぎ澄ませる。私たちは、それぞれに感じ思うことができるのですから、本質として求めているものから目をそらさずに自覚する。そんな単純なことさえ、忘れてしまわなれけば、ペラペラにお手軽さを追い求めたり、かたくなに固執したりせずに済むのではないでしょうか。一見するとバランスを取れないような感じでしょうが、バランスとろうとかんがえてやるより、案外バランスとれるもののようです。大事な重心位置を押さえることが姿勢作りもスキーも自分にとっても大切なようです。



グッドとバッド

 

 

7/6 

例えば、順風満帆なときがあって、そうでないときがある。ススメ!ってなことでどんどん前進できるときがあると同時に、いったん停止とか、いったん戻るなんていう思いもよらないトラップもあったりして。前進ススメ!な時は言わずもがな問題なしでグッド。その反対の時にどう対処できるのかが真価が問われるというところでしょうか。もちろん、そんなバッドなときは誰しも落ち込んだりあがいたり、怠惰に過ごしたりするのでしょう。ただ、言えることはその時間も後から来るグッドなときに役立たせられれば素敵なことだということです。前に進んでばかりでは見えていなかった景色や気持ちや感覚を、経験という力に変える。一旦停止と後戻りのバッドな時間は、チャンス!グッドな時間を客観的に分析的にそして今まで以上に素敵な感覚とともに迎えるための準備というチャンスが転がっている期間。バットな期間が一日なのか一年なのかもっとか、それはわからないけれどグッドな時間の素敵さを感じられるのはバッドな期間を知っている自分がいるからだと、そんなことをきちんと手に取り理解できていることは無限のエネルギーを持っているのと同じことのように思います。



がくがくブルブル

 

 

6/29 

自分の目の前に二択(もしくはいくつかの)の選べる道があるとき、私たちは本当に正しい道を、望むべき道を選択できるのでしょうか。感じる気持ちと思考を一致させてベストな道を選択できるでしょうか。選び取った選択のあとには行動を伴わせなければならないという現実を推し進めていくことができるでしょうか。人生の可能性を最大限に広げていくには、強い方向付けを持たなくてはならないときがあるようです。他人にはみえないその時、その一点からの向かう方向の変化が、5年後10年後に大きな角度の変化を持って自分に返ってくる、跳ね返ってくるのですから大の大人だってガクブルもので当たり前のことなのでしょう。そんな選択の時、それは新たな自分に会えるかもしれないスタート地点でもあるという一面は忘れてはいけないこと。楽しむだけの強さや余裕がなくても、そんな前向きなことを心に留め置きながらその選択をどうしてみるのか向き合うことは悪い時間ではないように思います。ふと、目の前に現れた選択肢という人生の醍醐味を噛みしめる、面白いものが見えそうですね。



見えること、感じること

 

 

6/18

雨の季節、いろいろなものを洗い流すがごとく自分自身の考え方や思いや行動や成長の多岐にわたって必要ないものをそぎ落としてみるのにぴったりの季節かもしれません。最後に残ってくるものは何でしょうか。もしかしたら何も残らないなんて場合もあるかもしれません。私たちが本当に捨てられないものなんてあるのでしょうか。プライドや、目標や思いなんていう私たちが生きる上で必要不可欠な希望でさえもいったん、そっと横に置いてみれば、見えなくなっていたものが見えるようになる気がしませんか。感じられなくなっていたことを感じることができるかもしれません。捨てられるものはいったん捨てて、捨てきれないものはいったん置いてみる。そうすれば、優先順位がガラッと変わってくるものです。見えなくなっていたものの感じられなくなっていたものの中で実は大事だったこと、後回しになっていたことの優先順位をぐっと挙げて、それからもう一度横に置いたものを拾いなおして順位を組みなおせばよいのです。溢れる世の中で自分にとって正しい選択をし続けるための順位付け、アップデートしてくださいね。



こっちに目を向けて

 

 

6/9

人って面白いもので、ツルツル滑らかに問題なく上手くいっていることとか楽しいこととかには案外目が向かず、ぐずぐずでダメダメな問題だらけの解決策なしに目がいきがちです。困難や問題に立ち向かっていくことは長い人生のなかで糧となり自信をつけてくれるものとなる可能性もありますが、今が未来を作るなら、この今、問題ばかりに囚われすぎるのは未来も問題だらけの時間になる可能性大。じゃあ、どうするの?ってとですけども、解決しない問題は取り敢えずそっとしておく時間もありで、ツルツルと滑らかに問題なく上手くいっていることに重きを置いてみる。未来を作る今を上手くいっていることと楽しいことで埋め尽くしてみれば現在進行形で作られる未来もそんな感じ。ダメなことばかりを押し並べてフォーカスしてコネコネする真面目さよりも、わぉ!!!楽しいことだらけだなーなんて生き生きできる楽観さのほうが私たちの二度とこない今日を素敵にしてくれるはずです。義務や規範にとらわれているぎゅうぎゅうさを心機一転放り投げて捨ててしまえば奇想天外なナイスアイデアとブレイクスルーな自分に会えるはず。そんなのってどうよ?!