p-line-beauty column


チャンス到来

 

 

10/8

一気に季節が進みスキーの季節の感覚がよみがえってきます。どんな風な時間だったとしても必ず過ぎていくもの。それならば、嫌なことも良いこともすべてその時間を生きた証として心にとめておきたい。その心の記憶があるからこそ次にステップアップできて、少しだけ自分と自分以外にも優しくなった新しい自分と出会えるはずでしょう。私たちはまた、ありがたいことに、いろいろなことに順応できる生き物のようですから自分なりのカラーで自分なりのやり方を創意工夫したりして楽しむことも十分できる。もしかしたら、それはピンチというよりチャンスであって、ここでもまた思いもよらぬ新しい自分自身と出会えるのかも。そんな風に考えてみれば、これから迎える大きな変化と新しい風を含んだ私たちの季節にはいつも以上の期待とワクワクしかない。私たちの楽しむ力を試されそうな予感。びっくりするような大きなチャンスをしっかりとつかみ取りに行こう。



一粒の

 

 

9/10

自分の周囲の誰も彼もが見つめているのは自分自身で、それは至極当然のことです。そのなかでも、ほんの少しずつお互いに誰かに心寄せるからこそ繋がっていられたり仲間って素敵だなと思えたりして。自己責任で生き抜くことを強いられている社会だからこそ、気持ちを強くもっていなければいけない。自己責任の社会でなければもう少し違った形の安心を得られたかもしれないけど、現実があるなかでは現実を受け入れることは生きること。それでも、同時に頭のなかだけはしっかりとブラッシュアップしていく必要がありそうです。捨てたもんじゃない世の中とより素晴らしくあるべき世の中の両方をしっかりと手にとってみると面白い世の中の側面と、素敵な自分自身が見えてきそうです。世間は優しかったり冷たかったり。 私たち自身はどうあるべきでしょうか。たった一粒の私たちですが、その一粒がどうあるべきか考えてみることは誰も邪魔できない。



季節は廻り

 

 

8/31

夏の終わりを一番感じさせる日。冬から春、そして夏も。私たちは、まったく変わってしまった時間を過ごしました。自分自身が変化し進化することだけに強く集中できたかつての時、その懐旧の情は季節が巡るほど強くなります。変化が大きい今の時間の中で、いかに自分自身の変化と進化に注力できるのか。かつてよりも、よほど難しい内容を突き付けられているのかもしれません。過去と未来の中間地点に立つ私たちは、それでも毎日少しずつ前へ進んで未来に近づいています。来年、再来年、10年後にはインパクトのある経験を経た私たちは自分自身をより誇らしく思えるはずです。それを信じるためには、まずは、周りの変化に耳を澄ましそして、自分自身の歩みを止めず、ただそれだけだと思います。非常な毎日がもとに戻るのではなく、非常な日常から未来のその日にたどり着く、そういう気持ちで一歩一歩。



人を笑顔に 自分も笑顔に

 

 

8/19

私たちは、生来持っている特質があってそれを本当に根底から覆すのは奇跡に近い内容でしょう。問題はその特質がよいものか悪いものなのかとか人から羨望を受けるか否かということではなくて、特質をどう有用するかという問題だと思うのです。長所は短所というように特質は表裏を持っているはずで、だからこそ長所としての特質を思い切り伸ばすということに力を注ぎたいものです。自分で嫌になると思い込んでいる自分の特質でさえも、360度いろいろな角度から客観的に眺めてみれば、たった一つのある角度から見たときにはキランと輝きを放って見える角度があるはずなのです。むやみな自己肯定を探せということではなく、自分の何らかの特質が自分のチャームポイントとして自信の礎となり、そしてあわよくば誰かを笑顔にできることがあれば、そんなこと最高だと思いませんか。あなたの特質は、人を攻撃したり悲しませたり、あなたの人生をダメにするためのものではなくて、誰かを幸せにし、あなたに最高の人生を教えてくれる最高の相棒かもしれません。



情熱な夏

 

 

7/28

現在進行中のことを冷静に分析検討して判断することはとても難しい。少し過去の話になった時に、振り返ってみれば「こうだったね」とか「ああだったね」とか冷静に思うことができる。本来ならば、現在進行中の出来事を常に方向修正できるくらいに理解できれば良いのでしょうが、私たちには感情があったり、目標があったり、理想があったりしてできない。では、少しでも現在進行形をよくできるのか考えてみれば少し過去になったことから学び、今起こっていることとすり合わせることなのでしょう。とっても古い過去とほんの一瞬前の過去の両方と、現在進行中と少しの期待の未来を同時に机の上に並べられれば十二分に良い結果への方向を取ってゆけるはず。一見とてつもなく面倒な内容をするからこそ、現在の舵をとり期待の未来へつなぐことができる。こんな面倒なことをあきらめずにできるには情熱しかない。さて、今年の夏は情熱的な人に期待できそうな予感。



あちらとこちら 答えは希望

 

 

7/21

私たちは、二つの局面を常に持っているのかもしれません。喜びと悲しみ、自信と不安、成功と失敗・・・。何につけても一方を望みながら他方が訪れることを恐れている。でも、ふと考えてみたらその両局面のどちらにも転ぶ可能性があるからこそ何かに頑張れたりワクワクしたりする毎日を過ごせているのかもしれません。もちろん、センシティブな内容ではどちらに転ぶかな、なんて気軽なものではないかもしれませんが、しばらくの長い時間を過ごした後になって思い返してみれば両局面を行ったり来たりしながら励んだ内容が今の自分の身になっているのではないでしょうか。子供のころには、大人っていうものは淡々としっかり生きているもののように感じることが多かったですが、多くの人が言うように大人っていうのは子供のころのイメージは程遠いものでしょう。むしろ、両局面に常に恐れながら頑張り励みそして何かしらを自分の中に記録として記憶として残して積み上げているだけ、ただそんなもののようです。どこに転ぶかわからない現実が、わたしたちが必死に生きている証としての記憶として私たちを励ましてくれているように思います。恐れの反対は希望。



知る

 

 

7/12

誰かの価値観のものさしを知ることはできないけれど、あなたにはあなたのものさし、私には私のものさし、というように思うことはいたって簡単なことです。たったそれだけで、誰かを理解することのきっかけになるかもしれないし、新しい価値観を知るきっかけになるかもしれません。私たちがやらなくてはならないことは、誰かのものさしに対して、自分がそうではないことを主張することではないと思うのです。私たちがまず第一優先にすることは、自分自身のものさしの特性を知りそして、自分自身の立ち位置を明確に把握しているということなのです。そうしたならば、自分自身が進むべきルートが見えてきて、自分が目指すあの場所まで行くことができそうかどうか少し見えてきそう。やみくもに進むことほど恐ろしいことはありません。それは若々しいがむしゃらとは全く別物で、進むべき方向を反対に進んでいることだってあり得ます。いい加減、当たりのルートを見つけて良いようなお年頃。自分と世界を冷静に知ること、そしたら、あとはあなたの優秀な頭脳とガッツで十分でしょう。




未来とデータと

 

 

6/27

誰もこの先のことはわかりません。一瞬先のことでさえもです。でも、そんなような感じでも実は私たちはおそらく少し先の未来をほぼ予測して当てています。それは、例えば今日起きたら仕事に行くであろう未来は自分自身の行動によって当てていることが大半でしょう。自分の行動で未来の予測を当てることができるということは、すごいことのようで、当たり前のことでもあるのです。もちろん、未来には自分だけが変数要素として関われるわけではありませんから変数が増えれば増えるほど不確定になるわけです。その不確定な自分以外の要素については出来れば不確定な想定を幾重にも編むことができるならグッド。でも、ある一定以上の部分に関しては私たち自身で想定するには度を越えてきます。ですから、できることをするということが大事。そのある一定までは綿密に緻密に編んでみても損はなさそうです。予測した未来を当てに行くつもりで行動すれば、結果がどうであれ、それはこうして過ごしている毎日を結果が得られる蓄積とすることができ、次の未来予測や行動を少しやり易くしてくれます。自分の実体験のデータ収集が唯一の絶対信用度レベル100でしょう。自分で手にしたそれは、誰にも奪われないし奪えないものです。何が正しくて何が正しくないのか、それを知ることができるあなたの未来は楽しい。



備えということ

 

 

6/13

雨の季節ととともに、私たちの生活もしっとりと落ち着きを取り戻せつつあります。混乱を抜けきらない最近の私たちは、備えるということに少しだけ今までよりも真剣に取り組めるようになったのではないでしょうか。困難からの学びは血が通ったものですから大切にしたいですね。備えるということは、一見守りの行動のように思える内容です。しかし、生身の私たちを客観的にとらえてみれば、備える=守りということだけの話に尽きるようには思いません。私たちには、少なくとも命という守るべきものがあってそして大半の人が経済的に守りたいものや、家族や友人や、何かしら守りたいものがあるはずです。その何かを守るために備えることは、私たちが生きる上でチャレンジしたり攻めの行動のための心のシェルターのようなものだと思うのです。どの程度備えれば、不安なくやりたいことにチャレンジできるのか、それは人それぞれです。でも、十二分に備えるからこそ心置きなく大きくチャレンジできる、私たちってそんな感じではないですか。だからこそ、備えるということも大切にしたい。経済的なものなのか、社会的なにかなのか、自分自身の体なのか、頭のなかに蓄積させるものなのか、具体的には自分だけがわかることです。ひとついえることは自分に必要なものを必要なだけはっきりと認識しながら備えるべきでしょう。そうすれば、どんな時でもチャレンジし、自分らしく進んでいけるそんな感じになるように思います。備えてチャレンジ、チャレンジして備える。



巡りめぐって

 

 

5/31

どう巡りめぐって考え、体感したとしても答えは客観視、ここに戻ってくるのです。時間軸的にも空間的にも客観視を出来ることが全ての謎と困難を解決してくれる鍵だったと言うことです。答えを知ろうとするとき、受け入れざるをえない事実があります。事実から目を背けるために出来ることは答えを知ろうとしないことです。でもそれって、一回きりの人生で何だか煮え切らない感じを感じます。冴えない事実だったとしてもそれを見ることで初めてスタートできることがあります。そう、事実を客観視できることです。そこまでいけば、あとはそんなに難しくないと思います。冴えない事実と共に歩いている自分から、事実は事実として、新たな概念の素敵な自分と歩いている自分になれるのです。その先は、今まで想像したり描いたりしていた未来とは比べ物にならないくらい、伸びやかで広がりのあるものが待っていてくれそうです。どこまでも広くどこまでも細かく客観的になれることが私たちに与えられた試練でもあって、同時にチャンスなのでしょう。答えは意外にも足元に落ちているのかもしれません。



素敵な服を身にまとい

 

 

5/21

私たちは、自分の立ち位置と環境を持ってこそ、価値観を持ち感情を持ちそして方向を持っています。それでも、今現在だけの立ち位置のものさしだけを信仰するのはあまりにも貧相。長い時間の中で経験して知っている立ち位置や環境の変化で感じることができたモノたちをしっかりと生かしていってこそだと思うのです。常に360度の3Dな感覚を持つことが無理だとしても、できることなら多角的くらいには。過去と現在と、少しの未来。非日常な時間を過ごした私たちが、もしその時間を有意義なものと意義づけできるには、非日常知った感覚を自分の中につなぎ留めることができてこそです。

例えば、当たり前が当たり前でなくなり、そして、ラッキーことに偶然にも手元に戻った時、その感情はなんといえばよいでしょうか。素直に喜び、うれしく思い、そして最大には感謝。当たり前であると思っていた過去の自分はまるで裸の王様です。そのあとの自分はどうなるのでしょう。裸の王様に戻るのか・・・はたしてそんなことに気付いて戻れるのでしょうか。今からの時期、ぜひともたくさんの感謝を見つけたいものです。なんてったってチャンスなんですから、感謝を掘り起こしてください。たくさんの感謝を見つけることができればきっとその先の私たちは裸じゃないオウサマ。とびきりの素敵な服を着ているはずです。



これも風が吹いたということで

 

 

5/9

いつもと違った大型連休もいつの間にか終了し、スキーヤーの皆様にはすっきりしないままのグリーンシーズンとなりました。こんな非常事態的なことも起こるのだという驚きは隠せませんが、山が消えてなくなったわけでなく、雪の降らない国になったわけでもなさそうですので、落ち着いて推移をみていきましょう。そんなこんなで、私共はこんな時だからこそと恐る恐るの新しいメニューを追加。オンラインレッスン自体は、そろそろ手を時代的に必要な内容かもしれないと思っていた頃でしたが世間様の追い風に併せて早速のデビューとなりました。まだスタートしたばかりで、不手際もあるかもしれませんが、取り急ぎこの状況に間に合わせられたので良しとしてやってください。オンラインレッスンばかりをひいきするわけではありませんが、この混乱が終わったとしても上手に活用していただければ、いろいろな意味で効率よく中島式姿勢を堪能していただけるのでないかと思っています。提供側の思いをくみ取ってくださいとまでの押し売りは致しませんが、ひょいひょいひょいと美味しいところを組み合わせていただければ意外と使えるというやつです。どんなもんですか~?なんて軽い気持ちでお問い合わせくださいませ。



究極の私たち

 

 

4/29

予知も予測も、すべて空想に準じるものでしかないけれど、そこに取捨選択があるとしたらということを付け加えて考えてみたときに自分自身の本来の姿が見えるのではないでしょうか。そうすれば、今の自分がその取捨選択の時に選び取った道と今の位置関係がはっきりして、「今」何をすべきなのか何が足りないのか十分なのかを判断できるのです。そして、さらに言うならば、ぜひとも予測というものを自分自身の頭で考え判断してほしいということです。誰かまかせにしたり誰かのまねっこしたりでは追いつかないものです。自分自身の思考回路と経験に一度きちんと通してからこそあなたにとって正しい判断ができるのです。誰かにとっての予測や判断は自分にとってのすべてではないのです。見ないふりも聞かないこともやめて、フラットにして情報を得て、知識をつけ判断できること。それは、何より私たちを助けてくれるものとなるはずです。強い信念や大きな希望をもつことが不得意であったとしても、生きる人間ならば自分自身の頭をしっかりと使うべきだと思うのです。正しく頭を使い考えることの喜びにもっともっと貪欲になるべきです。それは、楽しいとワクワクの究極の形なのではありませんか。そして、この喜びを知ることができるのは、そう、たった私たち人間だけのようです。



生きる、続く混乱 未来

 

 

4/23

自分の生きる人生のストーリーの中で、想定しているイベントと時間軸と成長していたい自分の姿を整理整頓しながら着実に進めていると自負できていた平和な時代、過去。そして、オンタイムで変化する激流、時代のターニングポイントの今。どの方向へどの空間へ私たちは導かれ投げ出され生きていかなければならないのか、未来。 おおよそ常日頃私たちが未来に持っている感覚は、見えないものに対する想定や予測や継続や少しの想像力、そしてそこに対する期待やわくわくや不安です。世界に歴史的スパンで久しく訪れた混乱の時間とその先を見つめなければならないという事実は、今までの簡単な方程式を解くような想定や予測や継続の未来を待つ立場が終ったことを告げています。たった一つしかもっていない私たちの脳をフルに回転させて、能力の限りに想像力を100%出しきっていかなければならないときが訪れたのです。今までの常識が届かないほどの見えない未来に推し進むためにしっかりと取り組んでいかなければならないということを教えてくれているのです。それは私たちが平和な時代でも必要であったものかもしれませんが、平和に囲まれている私たちの大多数がそれをできていることは無理で相当のことでしょう。私たちが過ごしている混乱の時間で感じる感覚と研ぎ澄まさざるを得ない能力を、不安とともにただ消耗するのではなく、それらを、しばらく先の未来にて生かすべく鋭い感覚と立体的な能力として研鑚すべきなのです。それは、今の中にあって自分に期待できる唯一の方法かもしれません。平和でも混乱不安にあっても、未来にはワクワクできること、それが生きるということではないでしょうか。



2019-2020シーズン ありがとうございました

 

 

4/12

2019-2020ウィンターシーズンが幕を閉じました。まず、そこにあるのは感謝。そして今シーズンの波乱万丈さったらないってこと。けれども、早めに終えた時間の中でも、進化のシーズンだったと胸を張っていってくれる少なからずの方々が存在することも事実ではないでしょうか。少し短くなった今シーズンは名残惜しさと時間とチャンスの大切さを教えてくれるものでもありました。まだ、これからが波乱万丈の本番のように思いますが嘆くだけでは手に入れられない学びと今を生きている私たちの存在の価値を見つめるべきでしょう。私たちには今まで経験して積み上げてきた過去の時間とそして進化したという事実、そして最高に楽しさを感じた瞬間を知っているというゆるぎない自信をもっています。それは、実はすごいことで、世界の誰しもが持っているものではないでしょう。今の困難を嘆くより、過去に積み上げてきた丈夫な自分自身を信じて今を素晴らしい時間にし、生きている今を無駄にせず進めばよいと思うのです。そのことをできるくらいの力を、私たちは短くない月日で蓄えているはずです。いつもと違う、そんなときにこそ自分自身とそして自分以外の多くのものの本質が見えるのです。困難をチャンスに変えるとまで大きなことは言えないけれど、困難な時にしか感じたり経験できないこともあるということです。波乱万丈な今を皆様とともに経験できていることもまた何かのご縁です。つないだ手は強く、離さずそして前進。ともあれ、2019-2020シーズンも皆さまお疲れでございました。心より感謝申し上げます。ありがとうございました。



伝えたいこと

 

 

3/30

忘れがたい2020.3も終わりつつあります。決して喜ばしい意味での忘れがたいではありません。常に緊張感のもとにあった時間でした。この先も続く。私たちは、見て見ぬふりをすることだけは避けるべき時にきています。超・客観的にそして超・主観的に。前向きに同時に備えて。忘れずに常に中庸の自分を掴んでいてください。真摯に積み上げた自分への投資の結果と自信は消えてなくなることはありません。どれほど環境が変化しても、どれほど世の中が変化しても本質は変わらないからです。柔軟さとそして本質を持ってさえいれば、どこであってもどんなときも力強く推し進めるはずですね。

今、残念ながら、声高らかに楽しさとわくわくを謳うことはできません。ただ、私共ができることは今までと変わらないことを、できる範囲でできうる限りご提案しご提供し、発信することだけです。今までもそうであったように。楽観も悲観もせずひたむきにいることです。冷静に受け止め冷静に行動し、そして希望のなかに見える楽しさとわくわくを忘れないでいることです。



大波に乗るとき、新雪のごとく

 

 

3/16

願わくば、この大変な困難なことが大したことなかったと笑えるようになることですが、とりあえず私たちがしなくてはならないことは、現実から目を背けずに、そして楽観も悲観もせずに対処していくことのようです。それは、大きな問題であっても小さな問題であっても。大きなゴールであっても小さなゴールであっても。長い歴史から見れば、私たち個人の人生100年の中で起こる何かしらは数限られていて、その何かしらのイベントを経験したのだと、できれば前向きに受け止めることができればよいのかなと思います。ただそんな、何かしらの出来事は、驚きと喜びをもって受け止められることもあれば、驚きと恐れをもって受け止めなければならないことかもしれません。どう考えてみて変わらないことは私たち自身の人生の時間軸の中で起こった何かしらだということ。過ぎていかない時間はないし、明けない夜もないといったことですから、素直に正面から受け止め対処し、その時を感じ、記憶しそして自分自身の成長へとつなげるために目をしっかりと開いて過ごしていきましょう。そして、私たちには、私たちという仲間がいて、今まで共に楽しいワクワクを経験し、時に共有してきた私たちの確固たる歴史があります。揺るがない自信とわくわくできる私たちを忘れないでください。



立ち位置 繋がる

 

 

3/11

同じようにみえることも、私とあなたでは見えている景色が違うもの。昨日の私と今日の私でも見えている景色は違うということだって言えちゃう。自分というフィルターを通して垣間見る私たちの世界はいつだって光輝いているもののはず、ただし、私たちが正しいフィルターで見ることさえできれば。私たちの日々の思考と行動が世界と繋がる術で、そして、その思考と行動は私達が使っているフィルターとはきって切り離せない。くるくる回るサイクルでフィルターが思考と行動との指針となり、思考と行動とがこの次の瞬間のフィルターを作り出す。私達自身のすべて。そんな風に考えれば、自分と他の誰かが同じ世界を全く違うものとして見ていることが十全たる事実だということがわかる。その事を冷静に詳細に感じた後は、自分の目標とそのなりたい姿に一直線に強い引力をもって繋がることが出来ると思うのです。しかも最高級に集中して。大変な困難の渦中にも世界と繋がり、未来の自分とも繋がる。忘れないでほしい。